これを書いている時点の私は、特別養子縁組で息子を迎えてから3年経っています。わがままでだらしない生活をする息子にイライラしながら、彼の成長のために悪戦苦闘する毎日です。
今では息子と交流を始めた頃に感じていた不安などすっかり消え去りました。しかし、今まさに特別養子縁組を考えている方にとっては、様々な不安や葛藤があるのではないでしょうか?
今回は私が特別養子縁組を進めるにあたり、どのように不安や葛藤に向き合っていったのかをお伝えしたいと思います。
私が感じていた不安
私の場合、特別養子縁組を進めるかどうかを十数年悩みました。最初の数年は”もしかしたら実子ができるかもしれないから”という理由で、不安と向き合わずに逃げていました。
そして、ついに実子が持てないことを受け入れざるを得なくなった時に、様々な不安や葛藤と向き合う時が来ました。当時の私が感じていた気持ちの中で大きなものは次の3つでした。
- 自由な生活ができない
- 他人の子供に愛着が持てるのか?
- だらしない子供だったらどうしよう?
何に抵抗を感じるかは人それぞれだと思います。必ずしも私の不安に共感できないかもしれませんが、絶対に言えることは将来必ず「なんでこんなことで悩んでたんだろう」と思える日が来るということです。
だから、少しでも参考になることを期待して、私のこの3つの不安について詳しく書いていきますね。
自由な生活ができない
私の不安の中で真っ先に出てくるのが生活の自由度が奪われることへの不安でした。
私は休みの日の予定を細かく決めるのが嫌いで、その日の朝に行きたい場所を決めて、自由に過ごすのが好きでした。
自由でストレスフリーな生活をしたいがためにサラリーマンを辞めて、フリーランスになったくらいの私です。
その日の朝に、”今日は山形ののどかな場所で仕事しよう!”なんて気まぐれな生活をしていた私にとって、これは非常に大きな不安でした。
子供がある程度成長するまでの十数年間は自由を犠牲にして、子供に合わせたスケジュールになります。
そんなの当たり前のことですが、当時の私にとっては非常に悩ましく、”世の中のお父さん、お母さんは凄いなぁ”と思っていました。
他人の子供に愛着が持てるのか?
血がつながった子供を愛することは、人間を含めた全ての動物に備わった本能です。親が子供を愛する動機には、この本能の存在が大きいと思います。
聖書でも本能的な愛と、見返りを求めない愛(※)は区別されています。私にはこの本のから来る自然な動機が無いわけです。
特に特別養子縁組は取り消すことができません。親子関係がうまくいかなかった時に、”やっぱりやめます”ができないのです。
世の中には実子を育てることにも苦労している人たちがたくさんいるのに、子育て経験が無い私が他人の子供を熱心に愛することなんてできるのだろうか?そんな私の子供になって、本当に幸せになれるのだろうか?
恐らく、特別養子縁組を考える人がみんな悩むことだと思いますが、私のとっても大きな悩みでした。
※聖書が区別する愛の種類
聖書の原典である新約聖書では、愛は4つに分類されています。
- エロス(ἔρος)
恋人や結婚相手を求める「性愛」です。
恋愛における”愛”がこれです。- フィリア(φιλία)
友人や仲間の間で築かれる「友愛」です。
スポーツや仕事における仲間同士の絆がこれです。- ストルゲー(στοργή)
親子や親族、長年連れ添った夫婦の間の「家族愛」です。
家族の幸せを願う強い愛です。- アガペー(ἀγάπη)
利害関係が無い相手に対する「見返りを求めない愛」「無条件の愛」です。
イエス・キリストが奨励する愛の形です。
だらしない子供だったらどうしよう?
私たちが子供を紹介された時に、児童相談所の方から”面会する前に養子として迎えるかどうか決めてください”と言われました。理由は実際に面会してから”やっぱり無理です”となると、子供に与える精神的なダメージが大きいからということでした。
詳しくは書けないのですが、実親さんからされたことの影響を考えて、児童相談所の方の判断でこのような形になったのだと思います。他のあっせん団体や児童相談所では、必ずしも同じではないと思います。
一応、遊んでいる姿を遠くから眺めることだけは許されたのですが、それだけで決めるというのは本当に難しいことでした。
- だらしない子供だったらどうしよう
- 勉強ができないかもしれない
- わがままな性格だったら愛せるだろうか?
そんなことで子供を愛せるかどうかを考えるなんてひどいことだと思います。それでも、考えずにはいられなかったのです。
不安を乗り越えるきっかけ
ずっと不安を感じながら、特別養子縁組に対して中途半端に取り組んでいた私でした。そんな私が前に進むきっかけになったのは、愛犬のハルくんの存在でした。

なぜ、ハルくんの存在が特別養子縁組を進めるきっかけになったのか?それはこの2つが理由でした。
実は既に不自由な生活だった!
元々、犬を飼いたがっていたのは妻でした。私は子供の頃に色んなペットとの悲しい別れを経験していたことから、”自分より早く死ぬから”という理由で犬を飼うことには反対していました。
さらに犬を飼えば、その世話のために自由なライフスタイルが損なわれることも反対していた理由でした。
しかし長年、犬を飼いたがっていた妻の熱意というか、強引さに根負けし、ついに犬を飼うことになりました。こうしてうちにやってきたのが、トイプードルのハルくんでした。
ついにやってきた犬を見て妻は「世話は私がするから」と宣言しましたが、オフィスに出勤するワークスタイルの妻に対して、私は完全在宅で仕事をしています。必然的にハルくんを世話する時間は私が一番長くなりました。
慣れない犬の世話に振り回され、予想通り自由も奪われ、自宅に缶詰の日々が続き、当初はストレスで体重が3kgも減るほどでした。
ところが世話としつけに悪戦苦闘しているうちに、ハルくんに対する愛着が増していき、自由を奪われる犠牲を感じなくなるほどになってしまいました。まぁ、よくある話ですよね…。
自由なライフスタイルは既に失われているのだから、子供を迎えても生活には、大した変化も犠牲も無いと気付いたのでした。
自分が生きた証を残したかった!
ハルくんはとても可愛くて、毎日を幸せにしてくれます。
しかし、私よりも早く生涯を終えてしまうのは確実です。それにハルくんは私が人生で学んだことや経験したこと、色んなことを通して得た恵みや財産を受け継ぐことはできません。
自分が生涯を通して勝ち得た物事を遺したいと考えた時、子供を持って私の学びや経験、様々な財産を伝えたいと強く思うようになったのです。
トイプードルを飼い始めるという意外な出来事が、私の不安の一部を取り除いてくれたのでした。
現在の気持ち
特別養子縁組を進める決心がついてからは、とても早くことが進みました。決心がついてからは、一日も早く子供を迎えたいので、児童相談所に今できることを相談しに行くという名目で自己PRしに行きました。
その効果があったのか分かりませんが、ほどなくして今の息子を紹介されました。
うちに迎えてからの1年余りの間は、やはり大変な毎日でした。正直なところ、特別養子縁組をしたことを後悔したこともあります。妻と二人でなければ無理だったと思います。
今は特別養子縁組を取り消したいなんて思うことは全くありません。
今の息子は服や下着は脱ぎっぱなし、使った家電はスイッチを入れっぱなしの、何でも”ぱなす”だらしない子供です。また、勉強が苦手で算数の宿題ができないのを親のせいにします。出した食べ物は自分好みじゃないと、難癖付けて残すわがままグルメです。
そんな毎日の子育てはムカつくこと、イライラすることばかりで、まさに当初不安に感じていた通りの、だらしなくて勉強ができない、わがままな子供です。
こんな子供を愛することは、血のつながりに関係なく、難しいに決まっています。
でも、息子の成長を見つけるのはこの上ない喜びです。自分が作った料理を美味しいと言って、ご飯をおかわりしてくれると、また美味しいものを作りたくなります。
今さら思うことは、子供を迎える前は不安ばかり考えてしまい、子供を持つことで得られる当然でありながらかけがえのない恵みが見えていなかったです。
もし私の体験を読んでも、不安が消えないのであれば、子供を迎えることで得られる喜びや楽しみをたくさんイメージしてみてください。
特別養子縁組制度を利用して子供を迎えるのは、悩むためではなく、幸せになるためなのですから。
最後に
特別養子縁組をする前の不安は、全てそのまま実現しました。だから、これを読んでいるあなたの不安も、きっと全てそのまま実現するのだと思います。
でも、重要なのは実際にそれらの不安を目の前にした時、あなたはちゃんと対応できるということです。そして、そのうち不安や悩みですらなくなってしまうはずです。
家族が増える喜び恵みは、想像を超えるものです。
その喜び恵みを将来あなたも実感できるようになることを信じています!



