私は13歳の時に、先天性の大動脈弁閉鎖不全症という病気であることが分かりました。
心臓といえば、命を維持するために最も重要な臓器だということは小さな子供でも知っています。13歳の私にとって、心臓に病気があるなんてショックでしたし、自分の将来がとても不安になりました。
でも、実際の日常生活には、不自由は無く、むしろたくさんの恵みがもたらされる人生になりました。
病気は多くの場合、人生に大きな悪影響を与えます。病気で人生の可能性が狭くなり、大変な人がいる中で、私は本当に祝福されていると思います。
そこで、私の人生から、病気を持ちながら生きることも、決して悪くないことをお伝えできたらと思います。
心臓病の発覚
最初に心臓に異常があることが分かったのは、12歳の時でした。中学の春の健康診断で、聴診器で私の心臓の音を聞いた医者が「心雑音がある」と言われました。
それが何なのか子供の私には理解できませんでしたし、看護師をしている母も”健康な人でも心雑音が聞こえることがあるから”と気にしなかったので、すぐに忘れてしまいました。
ところがそれから一年後の中学二年の遠足で、事件が起きました。その遠足は鎌倉の史跡を徒歩で巡るというものでした。6月でしたが、天気は晴れで初夏の陽気。一日歩き回って、疲れて帰宅すると、何やら胸に違和感を覚えました。
休めばよくなると思い横になると、なぜか仰向けの時だけ、胸の違和感が強くなり、横向きになると落ち着きました。これは心不全の症状の一つで、今でも疲れた時に、この状態になることがあるのですが、その時の私は違和感がある場所が場所だけに、どんどん不安になりました。
タイミングが悪いことにこの日、看護師をしている母は夜勤でした。父は当時、単身赴任で家に帰ってくるのは週末だけだったので、私は家で独りだったのです。
『病は気から』なんて言いますが、不安になればなるほど症状は悪化し、違和感は痛みに変わり、仰向けで寝ることができなくなってしまいました。
そのまま横向きで寝て翌朝、起きましたが症状は変わらず、夜勤明けの母と待ち合わせして、循環器病で高い実績がある大学病院に行くことにしました。
待ち合わせ場所のバス停に向かう時も、数歩歩くと胸痛が強くなり、休みながら歩くため、なかなか前に進まず、心配して探しに来た母に抱えられて、何とか病院に着きました。
診察を待っている間、”もしかしたら緊急手術かも”、”今日が人生最後の日かも”と不安になりながら、自分の診察の番が来ました。
私の胸に聴診器を当てた医者の最初にこう言いました。
「大丈夫です。命の心配はありませんよ」
大丈夫だと分かり安心した途端、胸の痛みが一気に消え去り、歩けるようになってしまいました。精神的なストレスがこれほど体調に悪影響を与えることを痛感ししました。
診察後に一通りの検査をして、再び診察を受けた時に、病名が「先天性大動脈弁閉鎖不全症」で、放っておいても良くなることは無いので、いずれ手術が必要になることを伝えられました。
手術が必要になると言われましたが、死なずに済んだことの安心感が勝って、穏やかな気持ちだったのを覚えています。
それから、心臓病と共に生きる人生が始まりました。と言っても、まだこの頃は、病気の進行度も低く、日常生活にはほとんど支障がありませんでした。食事制限も無く、体育の授業もみんなと同じようにやっていました。
しかし、静かな夜になると時計の秒針の音が、人生のカウントダウンのように思えて、人よりは短い人生になることを考えると気持ちが沈みました。
その後、大学を卒業して、ITエンジニアとして普通の社会人になりましたが、やはり病状は悪化して25歳と33歳の時に、大動脈弁の置換手術を受けました。(話が長くなるので、この時のまた別の記事で書きますね)
心臓病を持つ不安と喜び
心臓に病気を抱えながら生きることは、当然不安と隣り合わせです。
私の場合であれば、この病気のための検査や手術で、過去に8回も入院しています。仕事の疲れのせいで突然、心臓発作(心房細動)になり、救急外来で除細動(AEDの高性能版みたいな機器です)を受けたこともあります。前の会社を辞めた直接の原因も、この病気の悪化によるものでした。
確かにそれらのことは、人生の時間やチャンスの損失だと思います。
しかし、人生を通して、それを補って余りある恵みを受けています。それらを少しシェアしますね。
人生観の変化
心臓に病気があることが分かった時、人よりも短い人生になるとしたら、太く短い人生にしたいと考えました。
その時から、『後悔しないこと』、『やりたいことに躊躇せず挑戦すること』が、私の人生のモットーになりました。そのうち心臓の病気が悪化して動けなくなるかもしれないし、迷っている暇なんて無いと考えたんです。
やったことの中には、大学を休学してネットワークビジネスをやり、周りの人に散々迷惑をかけるなど、ひどい失敗もしています。
でも、クリスチャンになったことや、サラリーマンを辞めて地方移住することなど、大きな変化が伴う決断も迷いなくできたのは、やはりこの病気を持って生きているからなのかなと思います。
障がい者手帳を持てたこと
これは現実的なメリットなんですが、私は2回目の手術の時に大動脈弁を機械弁に取り換えてしまいました。
機械弁が入っていると、日常生活する上での身体機能などは関係なく、身体障がい者一級と認定されます。
身体障がい者になると、博物館や美術館、公園の入場料など、多くの公共施設が割引きや無料で利用できます。映画も子供料金ですし、自治体の駐車場は無料で利用できる場合が多いです。所得税にも障がい者だと、所得控除があります。
また政府は障がい者雇用を促進するために、基準以上の障がい者を雇用している企業に交付金を出しています。
そのため、障がい者の雇用枠を用意している企業もあるため、デスクワークが普通にできるのであれば、むしろ障がい者手帳を持っている方が有利と言っても過言ではないです。
私がいることで家族にも様々な優遇があるため、外出する時に障がい者手帳を忘れると、妻に怒られますw
死との向き合い方
一番大きなことは、死に対する向き合い方、心構えが変わったことです。
私の人生には、死を意識した経験が3回あります。それは最初に書いた14歳の時と、これまで2回経験した心臓の開胸手術の時です。
私は死を意識するような経験をすると、達観して死の恐怖が無くなるのではないかと思っていました。しかし、実際には全く逆でした。
どう伝えたらいいのか難しいのですが、死ぬことの恐怖が嫌と言うほど分かりましたし、死ぬことが嫌な理由もよく分かりました。
14歳の時よりも最初の手術の時の方が、さらに最初の手術の時よりも二回目の手術の時の方が、怖くて怖くてしょうがなかったです。
だんだん恐怖心が増している理由、それは家族の存在です。14歳の時は自分だけでしたが、妻ができ、息子やハルくんも家族に加わると、その家族の存在が恐怖心を強くしているのです。
今の私は死ぬことがとても怖いです。
でも、それはこの人生でたくさんの恵みをいただいて生きていることの証なんだと思います。
息子が自立して、ハルくんを見送り、できれば妻も見送った後すぐに死ねたら理想的だなと思っています。
こんな風に心臓病をプラスに考えて生きることができるのは、やはり信仰を持っているからだと確信しています。
病気を持って生きることは悪くない
誰でも病気になり、やがて死を迎えます。これはどんな人でも避けられないことですし、いつ病気になって、いつ死ぬのかも人それぞれです。
人にとって一番大事な命の長さが、平等じゃないのは理不尽なことなのでしょうか?14歳の私はとても理不尽に思いました。
でも、理不尽だと不満を言って寿命が延びるわけじゃないですよね。であれば、さっさと受け入れて病気であることを最大限活かして生活する方がいいです。
だから、私は大病を患った人には、この2つのことを伝えるようにしています。
病気であることを最大限利用する
病気になると、健康な人と同じように生活することはできません。でも、病気になることで優遇されることもあります。
特に日本社会は成熟してきて、弱者に配慮する文化や社会制度も充実してきています。
自治体の障がい者に対するサービスを利用することはもちろんですが、例えば仕事で過度な残業にならないように配慮してもらうとかもそうです。
もしかすると、社会に対して自分の権利ばかり主張することに、抵抗を覚えるかもしれませんね。
しかし、権利を主張する代わりに、やるべき責任はきちんと果たすと決心すれば、その抵抗も薄くなるはずです。
ベストを尽くして社会生活をしながら、自分への配慮もわがままにならない範囲で、堂々とお願いするといいと思います。
目標を明確にして後悔しないようにする
病気になると当然、普通の生活ができなくなると思います。やりたいことにかけられる時間は、健康な人よりも確実に少なくなるはずです。
そこで、やりたいことの中から、今の自分でもできることを厳選して、計画的にやり遂げることをお勧めしたいです。
それが、家族とのんびり時間を共にするみたいな穏やかなことであっても、もちろんOKです。
病気が分かってからしばらくは、不安や悲しみがあるのはもちろんだと思います。なるべく早く、病気と付き合いながら生きていくことを受け入れる受容の段階に到達して、前向きなることが人生を充実させることになると思います。
ちなみに既に持病を受け入れて幸せに生きているからと言って、別の病気になっても大丈夫かというと、全然そんなこと無いです。私も少し前に3回目の手術が必要になると言われて、残される家族のことが心配で号泣しました。(結局、もう少し様子を見ることになりましたが)
いかに早く受容の段階に到達するかについては、また別の記事で私なりのやり方を紹介したいと思います。
最後に
持病がありながら、人生を充実させるコツは夢や目標を持つことに尽きると思います。
健康だけど、なんとなく毎日が過ぎてしまう人生に比べれば、明確な目標がある人生の方が充実しているのではないでしょうか?
私自身も限られた時間を無駄にしたくないと考え、自分なりに色んなことをしてきた充実した半生だったと思っています。
もし、病気になったら、それは『人生が充実するきっかけ』ととらえて、ぜひ前向きになってくださいね。



