プロフィール

初めまして、私は齋藤陽一といいます。

青い空の雲をご覧いただき、ありがとうございます(^^)/

ここでは、私がなぜこんなサイトを作ったのか、その理由を私自身の自己紹介をしながらお伝えしていきます。ちょっと長いかもしれないですが、お付き合いください。

私は1975年生まれの40代の男です。現在は宮城県仙台市で、妻と2人暮らしです。

普段は自身のブログ運営とブログ運営の講師をやりながら、自分らしいライフスタイルを実現したいと考える人のお手伝いをしています。

趣味は、自宅の庭の家庭菜園で、野菜を作ることです。でも、庭程度の広さでも、手入れは半端なく大変です(*_*;

誰かに決められた、無理な目標を追いかける働き方が苦手なので、毎日、マイペースにやりたいだけ仕事をします。と言っても、単純な労働時間を比較すると、サラリーマン時代よりも長時間働いちゃってます。

毎日、好きな時間に起きて(と言ってもかなりの早起きです)、のんびり1日を始めます。夜は妻が帰宅するのに合わせて、食事を作り、一緒に食事をしてから、夜は好きなことをして過ごします。

今の生活でも十分幸せなんですが、将来は自分の田んぼや畑を持って、電気などのエネルギーも自給したいなぁなんて考えています。そして、田舎に週3日くらい営業の古民家カフェを作りたいなんてことも考えています。

このように私は、雲のように何の計画も無く、自由気ままに生きているのが性に合ってる、の~んびりした人間です。でも、こうなるまでには色々と遠回りしてきました(^^;

私も典型的な日本型サラリーマンでした

私は大学では電子工学を専攻し、卒業後はずっとシステムエンジニアという、理系人間でした。

出世なんてものには全く興味は無く、自分が作ったシステムが、世の中の役に立つことで、十分満足でした(^^)/

そんな自分の好きなシステム開発で、もっと、大規模で社会に貢献できるシステム開発がしたいと考えて、何度か転職もしました。野望を果たすとか、良い給料が欲しいなんて理由ではなく、ただもっと面白いシステム開発がしたかっただけです。私は一生マイペースに、システム作りができれば、それで満足だったんです。

しかし、激動の日本社会がそれを許してくれませんでした。

私が最後に勤めていたのは、携帯電話業界大手のIT部門のグループ会社でした。

携帯電話市場は既に飽和状態なんです。市場全体では、これ以上新規契約者が増えることはありません。他社と客を奪い合うだけの競争は過酷です。

素早く低価格でサービスを提供するために、低予算かつ短期間で開発を進めなければいけません。関係部門やシステム開発会社に、無理難題を要求するのは辛いことでした。

「齋藤さんは優しい人だよね…」

ビシッと要求を伝えられない私に対して、上司からそう言われたこともありました。でも、それをすることで、他人にプレッシャーをかけるのができなかったんです(-_-;)

ビシビシ強く要求する同僚たちを羨ましく思いながらも、それを言われた相手がどんどん疲弊していくのを見ていると、そんなことする気になれませんでした。

やがて、自分自身も過酷な環境の中で疲弊していきました。

しかし、それをやらなければ、ライバル会社には勝てません。やらなければ、同僚たち、そして会社全体に損失が出ちゃいます。

悩みながら、仕事を続ける日々でした。私の同僚たちの多くも同じような悩みを感じているか、感じないように自分の気持ちに蓋をしているようでした。

そんな日々の中で、私は、定年退職まで働き続けることがイメージできなくなってしまったんです。

でも、ここで誤解が無いようにお伝えしておきたいんですが、私が務めていた会社は、ブラック企業ではありません。会社だって、このような過酷な労働環境を決して野放しにしていませんでした。

メンタルヘルスに関する社員研修は、定期的に行われています。過重労働にならないように、残業時間の上限もしっかりと管理されています。

上司たちも部下の心身の健康状態には、細心の注意を払い、ケアしてくれています。

何よりも日本でも有数の巨大で力を持つ労働組合が、過重労働にならないように目を光らせています。

しかい、これほどの“ホワイト企業”でも、労働環境は厳しくなってしまいます。全ては競争が激しすぎる携帯電話業界に原因があるのだと痛感しました。

パワハラなんて存在しません。ただただ、やらなければ生き残れないので、みんな仕方なく自分にも他人にも無理を要求するわけです。

もはや、どんなに社員の健康状態をケアしても、『競争に勝ち成長を目指す!』という経営方針である限り、変わることは難しいと思います。そして、うちに限った話ではありません。

これじゃあ、戦場と同じですよね?ごく当たり前の経済活動も、あまりに行き過ぎると、生きるか死ぬかの戦場と同じになっちゃうんです。

でも、私がしたかったのは、好きなシステム開発の仕事です。ライバルを倒してNo.1になりたいわけじゃないんですよね。もちろん、競争に勝って生き残らなければ、システム開発の仕事自体が出来なくなる可能性だってあります。そんな甘い考えじゃ、ダメだっていう意見もあるでしょう。

しかし、それでも私は、競争に勝つことは自分の人生のゴールとは、違うと考えました。

そこで、自分に合った新しいライフスタイルを実現しようと考えました。とにかく早くサラリーマンを辞めたかった私は、あまり深く考えず「別の収入源ができれば、選択肢の幅も広がるだろう」と考えて、副業でできるスモールビジネスを探し始めました。(このようなスモールビジネスを、今の世の中では”ナリワイ”と呼ぶようです。⇒ナリワイをつくる: 人生を盗まれない働き方 (ちくま文庫))

まぁ、今の日本社会では、こんなの“よくある話”ですよね(^^;そして、ここからも、さらに“よくある話”が続きます。

私は、とにかく早く行動を始めたい人でした。考えて何もしないよりも、直感に従って行動した方がマシだというのが私のモットーだからです。まぁ、悩んで何もしないよりはマシです。でも、そのおかげで、たくさん悩んで、だいぶ遠回りしてしまいました…。

サラリーマンを辞めて地方移住を目指し始めた私

行動を開始した私は、会社を経営している友人など、様々な人たちからアドバイスをもらいました。

私が話を聞いた友人たちは、会社経営をしている人たちでした。みんな凄すぎて、自分にはとても真似できないと思いました。

しかし、一人だけ、インターネットで物販ビジネスをしている友人がいました。インターネットを使えば、副業という形でできそうだなと考えた私は、自分に合ったやり方を調べました。

その結果、見つかったのがブログ運営でした。これならサラリーマンを続けながらでも、好きな時間にできます。自分の意見や考えを、世の中に発信するのも、楽しんでできそうだと思いました。

そして、日々の激務とこなしながら、帰宅後は夜遅くまで、コツコツと記事を書き続けた結果、サラリーマンを辞めることになりました。

なんだか、ますます”よくある話”になってきましたよね(^^;

でも、辞めた理由が普通の人と違います。十分稼げるようになったからではなく、体を壊してしまったからだったんです(*_*;

私には生まれつきの心臓の持病があり、今までに大きな手術を2回しています。そんなガラスのハートが、遂に限界に達してしまったのです…。

医者からは、仕事を辞めるように勧められました。でも、いきなりそんなことしたら、生活できなくなるので、とりあえず休職しました。仕事から解放された喜びはありましたが、今度は将来の生活に不安を感じるようになりました。

復職できるか自信が持てない中で、将来に不安を感じながら、ブログ運営だけは続けました。不安を感じながらも、コツコツと続けました。

結局、復職できるほど、体調は良くなりませんでした。でも、色んな人に助けてもらい、運にも恵まれた結果、ブログの収入も何とか生活できるまでには増えていました。

そこで、私は会社を辞めることにしました。そして、辞めてすぐに、宮城県仙台市に移住しました。

サラリーマンを辞めると、やっぱり生活は多少不安定になりました。でも、今の生活はマイペースの一言に尽きます!色々ありましたが、本当に満たされた生活ができていると思います。

というわけで、やっぱり「仕事のストレスで会社を辞めて自由になった!」なんて類の、よくある話になってしまいました。

でも、この“よくある話”のような事が、実際に今、あなたの身にも起きてるのではないでしょうか?ここまで読んだのは、あなたも昔の私と似たような状況だからかもしれませんね。

でも、厄介なのは、この”よくある話”は、肝心な部分は”よくある話”じゃないんです。

自分らしいライフスタイルを実現する方法は、十人十色です。私がやった事をそのまま真似しても、上手く行くとは限らないですよね?

私の場合はブログ運営やブログ講師という、恵まれた仕事を与えられたお陰で、今のライフスタイルを手に入れました。

そもそも、あなたが望むライフスタイルの形は、これとは微妙に違うと思います。だから、私のノウハウが、そのままあなたに役立つとは限らないわけです。

実は昔の私も、それが大きな悩みだったんです。

人の数だけ『自分らしさ』がある

私は会社経営者やネットビジネスをしている友人、バーを経営している人など、たくさんの人と会って、アドバイスをもらいました。

自分らしいライフスタイルを実現するためには、収入源を作ることが重要です。しかし、どれも自分には真似することが難しいものばかりでした。

「自分のイメージするライフスタイルに近い人に会って、話を聞きたい!」
「もっと自分に合った、具体的なアドバイスを聞きたい!」
「ゴールまでに、やるべきことを明確にしたい!」

そう願い続けていたんです。結局、私の場合、仕事も住む場所も自分で考えて、作り出しました。それは本当に大変でしたし、正直誰にでもできることじゃないと思います。たくさん失敗して、時間も無駄にしたように思います。

そうならないためには、やっぱり、自分にイメージするライフスタイルに近い人から、具体的なアドバイスを貰うことが一番良い方法です。でも、一言で「自分らしいライフスタイル」といっても、それは人それぞれの形があるということです。

誰から学べば良いのか?そこから既に大変なことなんです。

そこで、私は当時の私が喉から手が出るほど、欲しかったものを自分でやろうと考えました。それは、Life Modelを一緒に考えるお手伝いです!

いったい、Life Modelって何なのでしょうか?

Life Modelが分かると”誰”と”何”が分かる!

Life Modelとは、“自分らしいライフスタイル”“それを実現するために必要な力”をセットにしたものです。
(詳しくはこの記事で解説しています  ⇒ Life Modelとは?)

自分が実現したいライフスタイルの条件が分かれば、学ぶべき相手は、既にそれを実現している人です。実際に自分のライフスタイルのイメージに近い人を見つけて、その人から学べば、具体的なアドバイスを聞くことができます。

そして、実現のために必要な力が分かれば、何に取り組めば良いかが、分かりやすくなります。あとは、必要なことを学べば良いだけです。

自分のLife Modelがハッキリ分かれば、自分らしいライフスタイルの実現は、とってもやりやすくなるはずです!

現代の日本人のライフスタイルは、多様化しています。自分がイメージしているライフスタイルを、既に実践している人は、必ずいます。

必要なのは、学ぶべき人を見つけることなんです。

自分の人生は自分でデザインする

私はサラリーマンしかしたことがない人生でした。会社に雇われてしまうと、住む場所も働く時間も、会社を基準にして決まってしまいます。

私は自然豊かな場所で、食料を自給しながら生活したいとずっと考えていました。でも、そんなことくらい、地方に住めばすぐに実現できそうなものですよね?

でも、仕事が無いから、移住なんてできないと諦めていました。自分の意志で人生を決めること、すなわち、Life Designすることを諦めていたんです。

しかし、明日の自分を信じて、自分の夢を思い描いた結果、本当にそれが実現しました。

『信じれば夢は必ず叶う!』なんて、根拠の無い熱いことを言いたいわけじゃありません(^^;

『ちゃんと自分でデザインすれば、それはあっさり実現しちゃう』ということを言いたいんです。

難しいと思っているのは、実は自分自身のLife Modelを見つけることができてないからです。

自分らしいライフスタイルを実現することは、夢を叶えるような、大それたものじゃありません。ただ、自分でデザインするだけの作業なんです。

あなたのLife Designのために、ぜひ、このサイトの情報を役立ててください!

私の略歴

  • 1975年
  • 埼玉県和光市で生まれました。

  • 1980年
  • 東京都新宿区の高層ビル群のすぐそばに引っ越しました。それ以降、ずっと東京で生活。生粋の都市生活人でした。

  • 1997年
  • 東京電機大学電子工学科卒業。卒業後はシステムエンジニアとして、主に電話会社のシステム開発に従事してきました。

  • 2017年
  • ドコモシステムズ株式会社を退職して、程なくして宮城県仙台市に移住しました。それと同時期にPRIDEというブログ運営者のコミュニティで、ブログ講師をさせていただくことになりました。

  • 2018年
  • 青い空の雲のサイトを開設しました。現在は世の中の人のちょうど良いライフスタイル実現のお手伝いをする活動をしています。

実績

  • ブログ運営
  • 6つのブログを運営中です。過去には、100万pv/月を超えた実績があります。

  • ブログ運営講師
  • PRIDEというメンバー数が、4,000人以上のブログ運営者のコミュニティで、ブログ講師をしています。
    PRIDEコミュニティの公式ブログ

  • 現在
  • ブログ運営とブログ講師をしながら、自分らしいライフスタイルの実現を目指す人のために『Life Model Assessment』というサービスをやっています。

  • 保持資格
  • Webライティング能力検定1級

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