特別養子縁組を考えた時、一番の不安は迎えた子供に愛着を感じるかどうかでした。
動物は本能的に自分の子供を愛するものですが、それは血の繋がった自分の子供だからです。私がやろうとしていることは、その本能の助けがないことです。
自分がどれほどわがままで自己中心であるかを考えると、そんな自分に子育てができるかどうか不安でした。
そんな私でしたが今では、色んな意味でちゃんと親子になれていると思っています。
皆さんも子供に愛着が持てない、感じないと思うことはありますよね?でも、大丈夫ですよ。こんな私でもちゃんと父親をやれてますし、息子からも愛着を持たれていると感じています。
そんな私のこれまでと、息子との関係で実践していることをお伝えしようと思います。
うちの息子のキャラクター
私の息子をうちに迎えたのは、8歳の時でした。
児童相談所の担当の方から、一緒にいるといつの間にか膝の上に乗ってくる”めんこい子”と聞いていましたし、実際に同じ年齢の子よりも体が小さく、あどけなさが残る可愛らしい男の子でした。
これなら愛着が持てそうだなと少しホッとしたものの、実際にうちに来てから、そのモンスターぶりが表れました。
一言で表現すると、心に平和や安心が無い子供でした。そりゃそうですよね。生まれた直後に乳児院に預けられ、それからずっと、親からちゃんとした養育を受けていないのです。
児童養護施設で手厚く育てられたと言っても、やはり一人で生きてきたわけです。そのためなのか、心の底に”ちゃんとしないと受け入れられない”という強迫観念があり、何でもちゃんとやろうとする子でした。
でも、苦手なことも当然たくさんあります。そうやって自分の思い通りにできないことに直面すると不安になり、私たちに対しては癇癪を起こし、学校や児童館では下を向いて黙り込むというのが彼の典型的な姿でした。
一番、それが出るのが、算数の勉強に対してでした。
毎日出される算数の宿題をやる時に、不安からイライラになり、やがて怒りの感情が出てくると、それが抑えられなくなり、テーブルに拳を叩きつけたり鉛筆が折れるほどの力で宿題のプリントをぐちゃぐちゃにしたりしました。
最初のうちはこれも愛着障害なのだろうと忍耐して、宿題を手伝っていましたが、できないことを親のせいにしたり、教え方が悪いと文句を言われたりすると、当然こっちも怒りが湧いてきます。
これが毎日続くので、私も妻も怒って声を荒げてしまうことを繰り返すようになりました。
宿題に関する心の傷
そこで、どうしてそんなに怒るのか?私たちは息子に聞いてみました。
実はうちに来る前の息子は一時期、実親さんの下で生活できるように、週末に泊りがけの交流をしていたのですが、その時に宿題ができないことで、ひどく怒られ、ご飯がもらえない時もあったそうです。
彼にとって、それはとても辛く、週末の交流には悪い思い出しかないと教えてくれました。
その話を聞いた私は息子に対して憐みを感じることができ、その日から態度が変わる…ことはありませんでした。
愛着を感じない日々
その話を聞いても、相変わらず息子は宿題をやる時には悪口雑言を吐きまくり、癇癪を起こして物に当たり散らかすのです。私たちは学校の先生に相談して、宿題を免除してもらうようにしました。
先生はとても理解がある方だったので、次の日からすぐに宿題はやらなくてもよくなりました。ところが息子は友達の目があるので、宿題をやろうとするのです。
やらなくてもいいと言っているのに、無理にやろうとしてまた癇癪を起こすという相変わらずの毎日でした。
私は妻と話し合い、息子が宿題を始めたら、自分たちの部屋に入って関わらないようにすることにしました。こうすることで息子の暴言から遠ざかり、私たち自身の心を守ることにしました。
普段はよくしゃべる人懐っこい男の子なんですが、自分の思い通りにいかずイライラが爆発した時の息子は本当に憎たらしくてしょうがなかったです。
こんな子と親子としてやっていけるのだろうか?
愛着の”あ”の字も感じない毎日でした。
そうこうしている間にもう思春期
そうこうしている間に月日が経ち、小学校高学年にもなるともう思春期の入り口です。
さらに憎たらしいことばかり言うようになり、うちに来たばかりの頃の可愛らしさはだんだん薄れていきます。それどころか最近はサッカーに目覚めたので、毎日思いっきり体を動かして、汗をかいてきます。そうなると体からは男らしい臭いが漂ってきますw
もはや可愛らしいとか、恵まれない境遇で育ってきたからとか、そういう理由では愛せなくなってしまいました。
今後も愛着を感じられる要素は減っていく一方のはずです。どんな親子でもこれは自然なことなのです。
子供への愛着はあるに越したことは無いと思います。しかし、それが無いからといって子育てできないわけでも、親失格でもないということです。
大切なことは”愛着”のような本能的な動機が無くなった時に、どのように子育てをするかではないでしょうか?そうなった時でも無条件で愛し続けることを、世の中のお父さんやお母さんはやっているわけです。
今の私はまさに無条件で愛さなければならない状態です。でも、それは誰だって簡単じゃないですよね?
大切なのはそれは難しいことだと受け入れて、愛するための動機が空っぽにならないようにすることだと思います。
というわけで、愛する動機を保つために私が日々心がけていることを紹介します。
愛する動機を保つために心がけていること
前提として、自分はわがままで、自然にしていると子育てなんてしたくない人間であることを受け入れることが大事です。
そんな不完全な自分だからこそ、あの手この手を使って子供を愛する動機が空っぽにならないようにする必要があるのです。
ほんの一部ですが、私の場合はこのようなことをしています。
妻に話を聞いてもらう
私は在宅ワークなので、必然的に息子と一緒の時間が多く、イライラさせられることも多いです。そんなイライラは溜め込まずに、息子が寝た後に妻に話して聞いてもらうようにしています。その逆で妻が私に話すこともあります。
話すときには”ムカつく”とか”憎たらしい”とか、そう感じたのであれば、そのまま話すようにしています。
強い表現に感じるかもしれませんが、正直に話すことでガス抜きされて、また平和な心で息子と接することができるようになるのです。
イライラや怒りを感じずに子育てできる人はほとんどいないはずです。大事なのはムカついたまま、憎たらしいままで子育てしないことです。
独りになる時間を積極的に作る
私は在宅ワークなので、普段から息子のわがままに付き合わされることが多く、ストレスを溜めやすいです。夏休みや春休みなどは、さらに大変になります。
そこで、私も妻も週一回、朝早く家を出て独りになる時間を作っています。それは読書やブログ執筆など自分がやりたいことをやる、ストレス解消のための時間です。
子育てを放棄しているようで最初は抵抗がありましたが、いい心で子育てをすることで家族に何倍も還元できるので、罪悪感を持つ必要はありません。
自分も楽しいことを一緒にやる
息子は男の子にしては、とてもおしゃべりです。でも、話しの内容は大人の私にとっては退屈なものなので、最初は頑張って付き合っていても、そのうち嫌になってしまいます。
これはほんの一例ですが子供との時間は、たいていは親が一方的に犠牲する時間になりがちですよね?だったら大人の自分も楽しめることを一緒にすればいいという単純な考えがこれです。
私の場合なら、サイクリングとかポケモンのゲームなんかを一緒にやることです。だんだん大きくなると大人向けの映画も一緒に楽しめるようになってきているので、最近はそういう時間も持っています。
無理に犠牲せず頭を使って、自分も楽しめることを一緒にするといいと思います。
最後に
私は本当に息子を愛しているのかどうかをいつも気にしがちです。彼はうちの子になって本当に幸せだったんだろうかと考えると、いつも不安になってしまいます。
そんな時に大事なのは、自分を責めるのではなく、それで当然なんだと自分自身を受け入れることではないかなと思います。
学校行く前にわがまま言われてムカついたとしても、とりあえず学校に送り出せたら、それで自分自身を認めてあげる。そして、ムカついた気持ちは、誰かに話したり、ちょっと独りになって心を落ち着けることで対処する。
自分にはそれを繰り返すだけしかできないのだと思っています。
あなたはいつもご自分の子供に愛着を持てているでしょうか?もし、そうじゃない時があっても、それは自然ではないでしょうか?
そんな自分を受け入れて、子育てをしていただけたらと思います。



