私が特別養子縁組を決心した理由 | Being
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やふひち

世界一祝福されていると自負するクリスチャンのアラフィフ男です。先天性の心臓病を抱えながらも、9歳の男の子を特別養子縁組で迎え、愛犬に顔を舐め回されながら、家族と楽しく暮らしています。

公開日:

私が特別養子縁組を決心した理由

子供というものは、結婚すればやがて授かるものだと思っていました。そういうわけで、養子をもらうなんてことは、これっぽっちも考えたことはありませんでした。

私の周りには、養子をもらったり、養育里親になる人が多く、そうやって親になった人たちのお話もよく聞いていました。それでも、まさか自分が血がつながっていない子供を育てることになり、それが自分の人生で、最も重要なことになるなんて想像できるはずもなかったです。

そんな私が、なぜ特別養子縁組制度を利用して、息子と出会うまでのことを書こうと思います。

結婚すればそのうち親になれる?

私は子供の頃、自分の将来を想像した時、結婚して子供を産み育てることは、当たり前のことと考え、特に深く考えていませんでした。

問題は、素敵な女性と結婚することであり、結婚さえできれば、父親になることは時間の問題くらいにしか考えていなかったんです。

そのため、子供の私にとって重要なことは、どんな仕事をして、どれだけお金を稼げるかということでした。

大人になって、たくさんお金を稼げるようにはなりませんでしたが、素敵な女性と結婚することができました。頭が良くて、謙虚で、私がやりたいことは何でも応援してくれる、私には素晴らし過ぎる女性との結婚生活はとても幸せでした。

子供ができたら、一緒に子育てをして、その子供が一人前になって独立したら、新婚旅行で行ったバリ島に再び行く…。それが私たちが描いた結婚後の人生でした。

ところが、結婚して何年が過ぎても、子供はできなかったのです。やがて夫婦で相談して、不妊治療を始めることにしました。

妻が自然妊娠した時の忘れられない喜び

不妊治療を始めて間もなく、なんと妻が自然妊娠しました。

まだ、基礎体温を測りつつ、子作りのタイミングのアドバイスを受けている段階だったので、自然妊娠でした。

妊娠が分かった後は、とても嬉しくて仕事が手につきませんでした。

妊娠中の女性の体のことを調べて、最大限サポートできるように勉強したり、赤ちゃんの世話のやり方を予習したりしました。子供といつも一緒にいられる妻が、もの凄く羨ましくて、一緒に彼女の職場についていきたいくらいでした!

もの凄い幸せを感じていたことを、よく覚えています。

でも、その喜びは一週間だけでした。病院の検査で、胎児の心音が弱く、心拍数も少ないと言われたのです。

クリスチャンの私は、必死で祈りました。暇があれば祈って、恐らく人生で一番祈ったと思います。

しかし、一週間後、お腹の赤ちゃんの心臓が止まっていることが確認されました。

最初の一週間は喜びの絶頂を味わい、その後の一週間は、最悪の結果を受け入れたくなくて葛藤しました。この二週間は何だったんだろうと今でも思います。

生まれてきて話すことはできませんでした。男の子だったのか、女の子だったのかもわかりません。

でも、父親になる匂いくらいは感じられれた二週間でした。

今考えると、妻の方がショックだったに違いないのですが、その時の私は自分の悲しい気持ちにしか向き合っていなかったように思います。

不妊治療は続けられなかった

死産を経験してから、またしばらくして、不妊治療を再開しました。

“これがダメならまた別の方法”といった感じで、最後は体外受精にも挑戦しました。

妻は色んな薬を飲み、そのたびに体調の変化が辛そうでした。特に体外受精のための卵子を採取する時には、大きな苦痛が伴います。

苦労して採取した卵子で、体外受精を行いましたが、結局、妊娠には至りませんでした。

大変だった不妊治療をやり切った妻は、不妊治療による妊娠には、諦めが付いたようでした。

私自身も、妻にかかる負担を考えると、このまま続けようとは言えず、二人で話し合い不妊治療は、やめることにしました。

養子をもらうことの葛藤

とは言え、私の方は、実子を持つことに諦めが付かず、自然妊娠することに一縷の望みを持っていました。

その頃から養子をもらうことも、考え始めました。

でも、自分は聖人君子などではありません。自分と血がつながっていない子供を、愛情を持って育てられる自信がありませんでした。

それに、実子に恵まれないから、養子をもらうということに、疑問を感じました。

“仕方ないから養子をもらう”みたいな気持ちで育てるのでは、とても良い父親になれないと思ったからです。

何よりも、子育ては大変に違いありません。実子でも大変なのに、わざわざ養子をもらい、自分のライフスタイルを変えることに、難しさを感じました。

こうして、限りなく可能性が低いにもかかわらず、「いつか自然妊娠するかも」という都合が良い考えに逃げて、自分の葛藤に向き合わずに過ごしてしまいました。

気が付くと、数年が経ち、年齢も40歳を過ぎてしまっていました。

特別養子縁組を支援する団体の中には、養育する親に年齢制限を設けている所も少なくありません。

自分自身の不安や葛藤と向き合わなければ、このまま時間だけ過ぎてしまうと、どんどん状況が悪くなってしまうのです。

自分の中の、子供を持つことに対する葛藤に向き合わず、虚しく時間が過ぎていくだけだったある日、一人で太平洋が見渡せる場所に行き、その大きな景色の前で考えました。

大きな海を前にすると、自分が本当に小さい存在だと感じます。しばらく考えたり、祈ったりしながら、私は自分の人生を振り返りました。

「今までの人生、大変なことも多かったけど、その全てを乗り越えて、今、幸せな人生を過ごせている。」

心からそう思いました。だったら、自分の中の不安や葛藤も、この先必ず乗り越えられるに違いないと思いました。だから、養子のことも不安や葛藤は捨てて、前に進もうと決心しました。

特別養子縁組は細くて狭い道

決心した私は、自分の気持ちに整理を付けたので、特別養子縁組制度に申し込みたいと妻に話しました。

妻は既に実子を諦めていて、養子をもらうことには前向きだったので、すぐに賛成してくれました。

何か大きな事をする時には、気持ちの整理はいつも妻の方が速いのです。本当に妻には感謝しています。

私たちが利用したのは、児童相談所の特別養子縁組の制度でした。しかし、研修の中で驚くべき事実を知りました。

私たちが住んでいる地域では、特別養子縁組を待っている夫婦が、当時30組いました。それに対して、特別養子縁組が成立した子供は前年度で1人だけだったのです。

特別養子縁組として紹介できる子供の数は、概ね年1人※くらいだというのです。私たちの年齢を考えると、数年以内には紹介してもらわないと、子育てが難しくなります。

※子供の人数は、地域によって大きな差があります。

例えば東京は紹介される子供の数はとても多いですが、待っている夫婦の数も多いです。そのため、子供を紹介されては、不成立というのを延々と繰り返すそうです。

30組に対して、年に1人というのは、絶望的な数字に感じました。

養育里親であれば、子供はたくさんいると言われました。でも、仕方が無いから養育里親に変えるというのは、うちに来る子供に申し訳ない気がしました。

やはり、戸籍上も親子になれる、特別養子縁組で待ち続けることにしました。

こうしてまた数年が経ちました。その間、コロナ禍になり児童相談所主催の講演会や勉強会も一切なくなりました。ただ待ち続けるだけで、無為に時間が過ぎることに焦りを感じました。

児童相談所だけでは、難しそうであれば、民間の団体を利用することや、養育里親に変更することなど、すぐに判断する必要があります。

ところが、希望無く待ち続けている中で、自分の中の不安や葛藤がまた出てきてしまいました。

このまま、何もせず待っているのは良くないと考えた私は、まず児童相談所の特別養子縁組の今の状況を知り、難しそうであれば民間団体の利用も検討しようと思ったのです。

そこで、夫婦で相談して、児童相談所に自分たちの存在をアピールすることにしました。今自分たちができることを、児童相談所に相談するという名目で、実はやる気を見せて、信頼を勝ち取ろうという作戦です。

“自分たちにできること”と言っても、実際には講演会や里親の自助グループに参加することくらいしかありません。コロナ禍も落ち着き、児童相談所のイベントも再開されたので、そのようなイベントに再び参加するようにしました。

すると、やっぱり自己アピールは、効果があったのかもしれません。それから3ヶ月後、遂に子供を紹介されました。それが、小学生の今の息子でした。

本当に大変なのはこれから!

養子を考えてから、実に10年以上経っていました。その間、悩んで不安になって、色んな迷いがありました。

しかし、本気になって動き始めたら、あっという間でした。

ようやく父親になることができました。しかし、子育ての経験が無いのに、突然、小学生の男の子の父親になったのです。当然、毎日が大変です。

普通の親は、乳児の頃から少しずつ親として成長することができるわけですが、私は突然小学生の親になったのです。分からない事ばかりで、悪さをした息子を叱るべきか受け入れるべきかもよく分かりません。

息子のワガママにもイライラすることばかりです。

この記事を書いている今は、息子がうちに来てから1年経ち、正式に特別養子縁組が成立したタイミングです。

正直、可愛さよりも、イライラを感じさせられることが多いのですが、それを上回る幸せを感じています。

自分の遺伝子を受け継いでいないからこそ、彼が将来、どのような人間に成長するのか楽しみにしながら、毎日の子育てを続けています。

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